今クリヤ・ヨガにハマっています。
今はやりのニューヨーク系の筋トレみたいなパワーヨガと違い、かなりインド系のチャクラを活性化させるヨガです。
まず呼吸から、読んで字のごとくまずお腹がぺっちゃんこになるまで吐くことからはじまります。
次に胸かが引込むまで、つぎに鎖骨と肩が落ちるくらいにはいてはいて苦しくなったらやっと吸います。
まずお腹の力を抜くとプッと膨らむのでお腹に空気を沢山入れ、胸に入れ、肩が上がるまでいっぱいにいれたら息を止めます。その時肛門を締めて、喉を絞めて、舌は上顎につけて(この三つが大事!)我慢します、限界まで我慢してからやっと息をはきます。
かなり苦しくてやるんじゃなかったと後悔しながらもまたやってしまいます、3回もすれば汗だらだら(;^_^;)絶対ダイエットにも効果ありそう!
効果は最終的には色々不思議体験出来そうですが、一般的には「神経の働きが整う」「内在力(内臓の力、生命力)が高まる」「自律神経の調和がとれる」「身体バランスが整う」などといいことづくめ!
なにしろ無料だし、いつでもどこでもできるのが良い所、是非、お試しあれ!
次回はアンチエイジング系のとっても良い話をしますが、まず私が先にためして5才くらい若返ってからみなさんに紹介しますね(^_^)v
3分間スピーチの番だ
何かニュースはないかとTVをつけた
「17歳の少年が母親の・・・」
何日か前に同僚から本を借りていた
東野圭吾の「変身」
脳移植の話で最後まで心晴れず・・・
日曜日は母の日!・・・何をねだろう、と言う間もなく知り合いの
母の頭部けがの重傷の話。
なんということか、心痛いまままた毎日の生活が始まる。
会社ではどうぶつの森がはやっている。松さんは現実が入れ替わっているように株価の心配をしている。
矢吹さんの村からは99000ベルをふたりでどきどきしながら盗んできた。
なんとも平和な光景!
癒される時間のあることの有り難いことを実感する。
少しわたしも脳から離れられた気がする。
母の日はどう過ごしましたか?
月曜の朝は我が家のプレゼントランキング〜〜の声が飛び交う。
私の家では贈り物の習慣がなかったな〜とちょっと寂しい気分。
その分この歳になって、毎月あるお誕生日会なるものでどんちゃん騒ぎをしたりする。
ちょっとしたプレゼント交換にもわくわくしたり!
悪い情報が入った日は憂鬱ですよね。
忙しい毎日だからこそ
みんなそれぞれに楽しい癒しの時間を見つけながら生活をしているのを感じる。
私ものんびりしていられない。
フラダンスの強化レッスンに参加するぞ〜
旅行の予定を実現するべくへそくりを貯めなくては〜。
周りの人の楽しそうな笑顔を見つつ、
大切な時間を改めて考えさせられるこの頃でした。
GWは良いお天気でしたが、どのように過ごされましたか?
外出するのが心地よい程に日が出ていて、良い連休だったのではないかと思います。
そんな連休明けのスピーチで話すことをさがしてインターネットのニュースを読んでいたら、とても驚く記事を見つけました。
どうやら温暖化が進んでいて、2050年に夏の北極海の氷が溶けて全て無くなるか、ほぼ無い状態になるだろうという予測が、30年も早く2020年になる可能性があると言われているそうです。
氷が地球の温度を保ってきているようで、それが無くなるということは、急速に温暖化が進むことになる。
毎日の生活でやりたいこともそこそこに、後回しでダラダラしている私は、そんな地球の変化にも気が付かず、でもだからといって温暖化をくい止められるような努力も知恵もなく。ただただ過ぎていく日々に、これじゃあいけないよなぁと感じました。
もう一つおどろく記事といえば、自分で持っていた漫画の連載が終了していて、それが海外でも数百万部の販売がされているというものでした。
ひとつの作品を何ヶ月もかけて作り上げる漫画などは、本当にすごいなと思います。これもまた毎日の生活をいかに効率よく、楽しんだり努力したりするかによって結果が変わってくるのだろうと感じ、GW明けから毎日を充実させられるように、気合いを入れました。
最近気づいた事 「他人に何をしてあげられるのか」 3分間スピーチ さとうこの間の事件に憤っている。
特急電車の中で女性が暴行されたという事件。同じ車両には40人の人が乗り合わせていたらしい。
が、誰ひとりとして助けようとしなかった。
「気づかなかった」と彼らは言っているらしいが。車両には、非常ベルが設置されていた。
20才の女性が連れ込まれたトイレにも非常ベルはあった。何故?被害にあった女性は泣くだけだったのか?非常ベルは押せない状況だったのか?ほかの40人の乗客は一体何していたのだ?とばっちりを恐れたか?
ベルさえ押せない程に?通りかかった車掌は一体何をもって「仲のいいカップルだ」と誤解したのか?
私は怒りまくったが、知人の中には「そりゃ仕方ないよ。自分だってもし居合わせたら何もできなかったと思うよ」と言う人もいた。
ショックだった。
そんな!!!。。。。私ならそんな卑劣な犯罪絶対見逃さない。何らかの手だてをもって被害者を助けた。
もし私が被害者の立場だったら、どうにかして犯人から逃れた。あるいは犯人を逆にやっつけた。
私なら。。。。。。
本当だろうか。
考えてみたら、今まで私は「してもらいたい」と人に望むばかりだった気がした。
では、自分が他人にしてあげられることは一体何なのだろう。
同じ車両に居合わせた人達の気持ちになってみる。。。。
第一に、まさか自分の身近にそんな凶悪な事件が起きるはずはないと思っている。。。。だから、
「あれ?何かおかしい」ことを目にしても「まさか」と打ち消してしまう。
車掌もそんな程度だったのだろう。
次に、もし自分にひ弱い連れーー子供やお年寄りーーがあったら、その人達にとばっちりがいかないように何もできなかったかも。。。。ん〜。それならそれなりに、自分が実行者にならなくても、非常ベルを押して通報するなどの措置を考えるべきだな。。。。
そしてもし 被害者当人だったら。。。。。
乱暴されるなんて死ぬのと同じくらい嫌だから、死んだ気になって助けを呼ぶ。
いや、それは軽卒だから、騒がずに非常ベルを押す。。。。。。。他にできることは。。?
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
この事件をきっかけに、自分ならいざという場合に他人に何をしてあげられるのか、を真剣に考えたのでした。
普段、幸福な生活に精神もふやけてしまっていますが、時々は非常時事態を想定し、
一体自分はどうすれば何の役に立てるのかを考えてみるべきではないかと思います。